ニュースの概要

栗田工業の子会社で、製品やサービスに関わる分析業務の不正が問題になり、その背景や根本原因を考える記事が公開されました。分析値は、薬品の選定、設備の運転、顧客への報告、契約上の品質判定を支える重要な情報です。したがって、数値の改変や手順からの逸脱があれば、担当者個人の不正にとどまらず、品質保証の仕組みそのものが機能していたかが問われます。今回の論点は、なぜ異常な数値や手順違反が発見されず、長期間にわたり業務として定着したのかという点にあります。

引用元: 栗田工業子会社の分析不正の根本原因について考察する(newspicks.com)

分析・見解

「早く報告すること」を評価する制度が不正を招く

分析不正の根本原因を、担当者のモラル不足だけで説明すると、再発防止策は教育と誓約書に偏ります。しかし、現場で不正が続くには、通常複数の条件が重なっています。第一は、納期や顧客要求に対して、正確な再測定よりも「早く報告すること」が優先される評価制度です。測定結果が基準を外れたとき、原因を調べる時間や追加費用が評価されず、問題のない数値を出すことだけがほめられるなら、手順違反は個人の悪意ではなく、組織にとって合理的な選択になり得ます。

顧客対応と分析業務が同じ部署にある危うさ

第二は、分析業務の独立性が弱いことです。試験を行う部署が顧客対応、納期管理、売上責任まで同時に担うと、異常値を報告するほど商談や契約更新に不利になる構造が生じます。品質判定に使うデータは、営業部門や現場運転部門から距離を置き、少なくとも結果の承認と記録の点検は別系統にする必要があります。検査室が形の上では独立していても、管理者の評価が売上やクレーム件数だけで決まるなら、実質的な独立性は確保されません。

紙とExcel中心の記録管理が改ざんを見えなくする

第三は、紙や表計算ソフトを中心とした記録管理の弱さです。測定時刻、装置番号、試薬のロット、担当者、再測定の履歴が一つの書き換え可能な帳票に集約されていると、後から整えた数値と実際の測定結果を区別できません。重要なのは、高価なシステムを導入することではなく、元の記録を消せない形で保存し、変更履歴を残し、誰がいつ承認したかを追える状態にすることです。装置から直接データを取り込み、異常値や測定間隔の不自然さを自動で知らせる仕組みも有効ですが、警告を無視できる運用では効果がありません。

水処理業界に特有の「信頼の非対称性」という盲点

水処理分野では、分析結果は単なる報告書の数字ではなく、薬品の注入量、排水管理、設備保全、環境規制への対応を左右します。誤った結果が一度出ただけなら影響を限定できても、複数の拠点や顧客にまたがって積み重なれば、設備の劣化、処理性能の低下、法令対応の遅れにつながります。さらに、顧客が分析業務を外部に委託している場合、発注側は専門性を信頼して検証を省きやすく、受託側も「任されているから細部は見られない」という思い込みに陥りやすくなります。この信頼のかたよりこそ、今回のような問題を見逃しやすくする独自の盲点です。

過去記録の点検と、異常を隠さない組織文化づくり

再発防止では、過去データを一括して点検するだけでは不十分です。基準値を外れた記録、休日や深夜に不自然に集中した入力、同じ値が長期間続く記録、再測定の理由が空欄の案件を抽出し、元データや装置ログと突き合わせる必要があります。また、内部監査は手順書の有無を確認するだけでなく、実際の試料を使った立会試験、抜き打ちの再分析、委託先を含む記録の追跡まで踏み込まなければなりません。記録が誰の手によるものか分かり、読み取れ、その場で作成され、原本として保存され、正確であるという「データ完全性」の考え方は、欧米の製薬や食品業界で重視されていますが、水処理業界にもそのまま当てはまります。

最も重要なのは、異常値を「失敗」として扱わない文化です。異常を報告した社員が責められ、問題を隠した担当者が短期的に評価される会社では、どれだけ規程を増やしても不正は形を変えて残ります。測定のやり直しや顧客説明に要した時間を品質活動として評価し、疑問を申し立てた社員を守る制度を整えることが、技術対策の前提になります。今回の件が示すのは、分析機器の精度だけでは品質を守れないという現実です。問われているのは、悪い数字を早く見つけ、正しく共有し、事業判断を修正できる組織の力です。

ビジネスへの影響

「誰が損をし、誰が評価されるか」から考え直す

企業の意思決定者が最初に確認すべきなのは、「分析を誰が行うか」ではなく、「その数値で誰が損失を受け、誰が評価されるか」です。営業、運転管理、品質保証の評価指標が同じ方向を向いていない場合、報告の正確さより契約維持が優先される危険があります。品質部門の責任者を事業部門から独立させ、重大な異常値を経営会議へ直接報告できる経路を設けることが有効です。

過去記録の点検と契約書への監査条項の明記

実務では、まず過去三年程度の分析記録から、数値の反復、測定時刻の偏り、再測定の欠落、手書き修正、装置ログとの不一致を抽出します。全件を人手で確認するより、リスクの高い項目を絞り、元データまでさかのぼる方が効率的です。次に、顧客との契約で、分析方法、保管期間、再試験の条件、異常時の通知期限、第三者による監査の権利を明文化します。委託先任せにせず、年一回の監査と抜き打ち確認を組み合わせるべきです。

投資判断は誤報告の代償と比べて決める

投資判断では、管理システムの導入費だけでなく、誤報告による再処理、顧客への補償、操業停止、信用低下の費用を比較します。装置から元データを自動で保存する仕組み、変更履歴を残す帳票、二人承認が必要な結果登録は、比較的小さな投資で始められます。ただし、警告の件数を減らすことを目標にすると、現場が警告を消すだけになりかねません。測定の完全性、異常報告の速さ、是正が終わるまでの日数を経営指標に組み込み、問題を表に出した部署を正当に評価することが、制度を実効性のあるものにします。

関連記事

[PR]